九州大学韓国研究センター訪問記

*今年の1月27日ー2月7日の間に北九州に滞在しました。思い出すと、あの時、精神的にかなり疲れており、訪日の記録を残せませんでしたね。今回、高麗大学日本研究センターのニュースレターに訪問記を書くことになったので、この空間にも書いておきます。

九州大学韓国研究センター訪問記

 2010年から勤務することになった本センターの支援のもと、今まで2回、海外の協定機関に短期派遣された。。2011年には九州大学韓国研究センターに滞在した。今回の訪問の目的は北九州の遺跡・遺物の調査であった。滞在の前半には福岡市内と近郊を、後半は福岡県・熊本県をめぐった。
 到着当日である1月27日と28日は、志賀島の金印公園・蒙古塚、福岡城と鴻臚館などを訪問した。29日は福岡市西部にある元寇防塁、福岡市博物館江戸時代の著名な学者・貝原益軒のお墓が所在する金龍寺などを、30日は九州大学近くの元寇防塁、筥崎宮、幻住庵、聖福寺、福岡藩主の黒田家の代々のお墓などを訪問した。1月31日は福岡市を離れて大宰府に向かい、天満宮・九州国立博物館、観世音寺、水城などを見て歩いた。
 2月1日には久留米市立図書館を訪れて江戸時代の古文献を閲覧した後、小早川秀包が一時支配した久留米城をめぐった。その後、壬辰倭亂に参戦した立花宗茂の一族が支配した柳川市に移動した。時間が足りず、柳川古文書館に訪れられなかったのが残念である。2月2・3日は加藤清正ゆかりの熊本城・本妙寺を調査した。熊本県在住の小西行長研究者である鳥津亮二氏らと合流し、詳細な説明を伺うことができた。なお、ラフカディオ・ハーンの旧宅を訪問したが、私は彼の『Kwaidan』を韓国語訳したことがあるので、その訳本を寄贈した。
 2月6日は宿舎の近くにあった香椎宮を訪ねた。ここは神功皇后の伝説が残る地で、その後の歴史のなかで、日本人が対外戦争を行う度に、一種の聖地として機能したということを、境内の至るところに見当たる施設・記念物から肌で感じることができた。
 ところで、福岡に滞在した15日の間は、その直前に刊行した『彼らの見た壬辰倭亂』に対するメディアの取材に対応し、北九州在住の研究者の同僚らと交流するなどでも忙しかった。古代から現代に至る日本と異国との対外関係史をたどる一方で、私が生きる現実の仕事に対応するといった、奇妙で異質的な15日間の体験であった。

写真は博多塀。戦国時代の戦乱で荒廃した福岡市内の石・瓦で作った土壁で、この地域がたどった独特な歴史の風情を感じさせる。